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(全3回)僕らはなぜ立科町でリンゴ農家になったのか 中

立科町新規就農者 座談会

 長野県の東側、蓼科山のふもとに細長く位置する立科町。美味しいリンゴの生産者となるべく移住した人たちがいます。彼らは何に魅せられ、この地で農業に従事する決意をしたのか。新規就農者4人が座談会で語った本音を3回に分けてお伝えします。
上はこちら!

移住した農家が向き合う現実
 

━それぞれ思いがあった就農したわけですが、やはり大変なこともあると思います。本当に困ったのはどんなときですか?
 
松本:家ですね。立科町は空き家こそたくさんあるけど、実際に貸していただける物件があまりないのが現実です。先に畑を借りられたけど、さて住むところはどうしようと。先にクラインガルテン(※4)を借りてはいましたが、知人に紹介してもらってなんとか住む場所を見つけました。
 
岩波:今は町営住宅に住んでいますが、今後どうすべきか。どうしても倉庫がないと厳しい。去年はなんとかなっただけで、倉庫がなければ年内に売り切らないといけないので、そこが悩みですね。
 
中島:今は松本君と同じ方に紹介してもらった家に住んでいますが、実は入り口が狭くて収穫時期にリンゴを持って上がれないんです。自分で直売もしていますけど、運送業者さんにも「そこまで入れません」と言われてしまって。メーン品種のフジのときは地主さんのお宅の庭先をお借りしています。
 
松本:最近、土地を購入しまして、中古ですけど展示用だった倉庫も買って、農機具を入れたりできるし、屋根部分を伸ばして選果できるようにしました。
 
岩波:うらやましい。それ完璧だね。
 
中島:どういう販売方法を取るかによるけど、倉庫があって大きな車が入れるかどうかは売り上げに比例すると思います。個人で贈答や直売をやるなら自宅近くには必要でしょうね。
 
 
━それぞれが困難や苦悩を抱えながら頑張っています。一瞬でも後悔したことはありますか?
 
中島:それはまったくないですね。むしろ、もっと早く来ていればとさえ思います。野菜だったら違うのかもしれないけど、農業が自分に合っていたというか。シムシティ(※5)みたいな感覚でやってます。こういう計画を立てて、実行して、この結果を出すために逆算するとどうなるのか、とか。だれかに聞かず、自分で金を出して、1年間で答え合わせをする。やっていて面白いんですよ。
 
松本:立科町には子供のころから馴染みがあるというのが一番で、農家をやってよかったですね。
 
岩波:「仕事はなんですか?」って聞かれて、「リンゴ農家」って答えるのは格好いいじゃないですか。実は僕、青森のリンゴ農家の孫なんですよ。
 
中島:えっ! さきほどは青森のリンゴが美味しくなかったなんて言ってすみません…。
 
(一同、爆笑)
 
岩波:いやいや、僕も子供のころ、送られてきたリンゴが美味しいとは思ってなかったからさ。
 
中島:今考えると栽培方法も違うし、袋かけだし、国内は年間流通もしないといけないとか理由はあると思うんですが。
 
岩波:輸送距離とかあって、基本的に完熟じゃない状態で採らざるをえないんだよね。ただ青森の木はすごかった。だから五輪久保に来たいと思ったのは、ここも木がすごかったから。先輩から「何言ってんだよ」って言われたけど、「青森のリンゴ農家の孫なので」と返したら説得力あるのよ(笑)
 
━2021年は春の遅霜(※6)でリンゴはかつてない被害に見舞われたように、農業は自然との闘いでもあります
 
中島:木の下で灯油をたきました。そのおかげで、収穫量は1割5分から2割減くらいで済みました。品質に関してもお客さんには説明して、ほとんどが家庭用。贈答用(※7)は最初のころから買ってくれる人だけにしたら、最後は余ったので農協に出荷しました。今年も一度、灯油は燃やしました。「霜ガード」という薬剤も2度使いました。去年は結実が少なかったので、人工授粉もやりましたね。
 
松本:うちの畑は丘の上のほうなので、うまい具合に冷気が下りていったみたいで、意外にできがよかったですね。フジは割り切って全部、道の駅のイベントに出しました。
 
芳野:中島さんは研究熱心ですよね。ずっとリンゴのこと考えてはるみたい。
 
中島:そんなこともないんですけど、夜は暇なのでユーチューブ見たりしていると「いいリンゴ」とか「美味しくないリンゴ」がだんだん分かってくるというか。「最近の霜にはこれがいいのか」なんて感じで、同じことばかりだと飽きてしまうし。
 
岩波:中島さんが灯油を燃やした話はすぐ界隈に流れてきた。俺には無理って思ったけどね。去年は小玉が多いし、サビ(※8)も出てしまったけど、何もやらなかった。ことしのリンゴのできはどう? 僕は霜を想定して、剪定では少し芽を強めに、いいものを選んで残す方法取ったけど。
 
中島:全体にいいですけど、ちょっと実が大きすぎて、軸割れ(※9)しないか心配です。
 
岩波:自然との闘いは確かにあるけど、しようがないよね。去年は何十年に一度の霜被害という人がたくさんいたけど、なんて年に就農したんだろうと思うよ。
 
松本:僕の1年目は台風19号(2019年10月)でした。
 
岩波:僕はその年に立科町に来て、去年は霜。「いっぱい連れてくるなよ」って怒られるんだよ(笑)
 
中島:自分も就農の年は台風がありましたけど、毎年、何かはありますよ。
 

4月末 リンゴの花が咲き始めます


農家としての自立
 

━自然には勝てませんが、栽培のための技術などは習った方もいれば、自分で身につけたりもすると思います。決断を求められる場面も多いのでは
 
芳野:僕の場合、師匠がいてないのが少し不安ですね。十八塚は広いので年間を通して木の変化を見てきたわけやないし、流れ作業だから自分の摘果した木の結果が分からない。今の畑は隣が酪農家さんなので牛しかおらんのです。常に見てくれている人がいてへんから、作業の進みが遅いんちゃうかな? とか考えてしまいますね。
 
岩波:そうだよね。隣の畑をちらちら見ながら「そろそろやらなくちゃ」とか思えるのがいいかも。ただ、同じ組合の人に聞くと、みんな言うことが違う!
 
松本:剪定もそうですけど、皆さん自己流だから違うんですよね。
 
岩波:だから、「まずはやってみる」。やってみてから先輩に聞かないと意味がないって言われる。去年が1年目で分からないのに「そんなの自分で考えろ」って。ただ、あんまりひどいと「そろそろやらないとやばいぞ」とささやいてはくれるけど。
 
芳野:ことしは一から自分の手ですべての作業をやるんですけど、よく見ると全然できてない。実を残しすぎだったり。「実が成ったときをイメージして」って教わるんだけど…。「あの枝はこうなるから」とか考えても、失敗ばかりですね。
 
中島:イメージなんかできないですよね。僕も失敗なんかいくらでもありました。1年目のときも、実が大きくなると重くなるので支柱を立てなきゃいけないのに、分からなくて枝を折っちゃったり。
 
岩波:はじめはそうだよね。その点、僕は1年目が霜被害。実が小さくても「霜だったから」と言い訳ができたんですよ(笑)
 
芳野:剪定では「こんなに切って大丈夫か?」と大胆にやったけど、ちゃんと実がついた。今度は摘果はしっかりやったつもりやけど、よう取り切らない。大きくなるとますますためらいがあって。
 
━中島さんはこの中でもベテランの5年目です。そうした判断力はどのくらいで身につくものですか?
 
中島:感覚ですけど、ようやく「この畑ならこのくらい」というのは、ちょっと分かってきたかな。畑によって違いはあるんですけど。
 
松本:摘果作業なんかは考えていると進まないので、「小さい」「形が悪い」というのを瞬間的に見切りをつけるというか、スピードも重視されますから。1、2年目に比べて速度は上がってきていると思います。
 
中島:スピード重視の作業は1秒考えたら、1秒が無駄になる。現状あるものでどれを
落とすかはわかります。ただ、分かるようになったのは3年目くらいかな。
 
岩波:見切りなんだ…なるほどね。
 
━ほかのリンゴ農家さんの畑や動向はきになりますか?
 
松本:摘果の時期などは、「うちのは残すのが多いかな、少ないかな?」とか気になるし、近くに若手の人がいるので聞きに行ったり、見に来てもらったりしますね。「これくらいでいいよ」とか「もう少し落としたほうがいい」とアドバイアスをもらうこともあります。
 
中島:他人の畑は収穫後の冬場に見に行きます。本当は忙しい時期に行くのがいいんだけど、こちらも相手も忙しいから難しいんですよ。ただ木を見れば、枝の伸び具合や芽の充実ぶり、根がどれだけしっかりしているかというようなことが、なんとなく分かるようにはなってきました。そのときに「肥料はどんなものを?」とか聞いたりします。
 
芳野:研修させてもらった十八塚はすぐ隣なので、ちょくちょく見に行ったりはしますね。
 
━ここに集まった新規就農者の畑にも興味はありますか?
 
中島:誰と言わず、いろいろな人に畑は見たいですね。青森にも行きたいです。
 
岩波:僕の畑はいつでも見に来てください。大歓迎です(笑)着果点検(※10)とか楽しいよね。実がついている状態の他人の木を見られるから。

満開のリンゴの花

つづく

※4 クラインガルテン 滞在型市民農園。立科町では2002 年に利用を開始
※5 シムシティ 街を建造していくシミュレーションゲーム
※6 遅霜 2021年はリンゴが開花した後の4月に霜がおり、受粉などに影響が出て全体的な不作となった
※7 贈答用リンゴ 大きさ見た目などリンゴの価格帯では最上位。農家にとっては最も利益率が高い
※8 サビ 霜などが原因でリンゴの表面がざらついた状態。見た目で価格は下がるが、皮をむけば味に差はなく「わけあり」などとして売られる
※9 軸割れ(ツル割れ) リンゴの軸(ツル)の根元が割れてしまう現象で、雨などによる急成長に外皮が追い付かず起きるが、味に差はない。
※10 着果点検 県や農協、組合などで実の付き具合や病気の有無などを確認する作業

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